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「ネイルは女性がするもの」――。こう思っている人は、時代にやや乗り遅れているかもしれない。「ネイル」とは、爪に色を塗る「カラーネイル」だけではない。爪の手入れをするネイルケアも含めた、メンズネイルが年代問わず注目されている。
リクルートの美容に関する調査研究機関「ホットペッパービューティーアカデミー」が2022年2月に実施した調査によると、過去にネイルサロンを利用したことがある男性は5.7%。過去5年間で最も高い数値となった。中でも利用率が高いメニューは、ハンドマッサージを含む「ハンドケア」で56.9%を占める。次に高いのはケアを含む手足の「マニキュア」で45.2%、ゲル状の樹脂を硬化させてネイルを形成する「ジェルネイル」が40.1%と続いた。
ネイル産業の市場規模は、05年の約1114億円から15年には約2222億円まで、2倍近くに拡大している。15年以降は増加が緩やかになり、前年比1%前後の増加が続いている。NPO法人日本ネイリスト協会による最新ネイル市場調査では、20年の市場規模は2344億円になったとみられる。メンズ市場が勢いに乗れば、業界に活気が出てくるかもしれない。
爪をケアする男性が増えている背景には、新型コロナウイルス感染拡大の影響がある。男性専用ネイルサロンの「オトコネイル」は、新型コロナウイルス禍にもかかわらず売り上げが右肩上がりだった。東京や大阪に店を構える同店のターゲット層は40代以上の男性。以前は役職クラスの人が多かったが、コロナ禍以降は20~30代の若い層も増えているという。
「コロナ禍にリモートワークが増え、『パソコンを使う手元が気になり、手入れをしようと思った』という人が増えた」と同店の坂下隆子代表は話す。年間売上高の伸び率は、20年に前年比3%増、21年は同6%だった。
オトコネイルが開業したのは、メンズネイル市場がまだ広く認知されていない12年。オープン当時からターゲットは40代以上の男性で、コンセプトは「闘う男性にひとときのやすらぎを」だった。メニューは爪の手入れとハンド/フットマッサージがメインで、カラーはしない。利用者の声を聞きながら、10年間メニューやサービスの改善を重ねてきた。
男性が聞き慣れていない単語も多い。「『ネイルケア』では伝わらないから『爪の手入れ』に直したり、理想の施術時間を聞いたり、細かく丁寧にヒアリングした」と坂下氏は振り返る。努力の成果はリピート率88%という数字に表れており、コロナ禍にも安定した支持につながった。
坂下氏は「カラーネイルとケアは必要な技術も施術も全く別物」と指摘し、これからもカラーを取り入れる予定はないという。ネイルに対する意識の差として、「女性は自分が楽しむためにネイルをする人が多い。対して男性は、相手からの見られ方を意識した、身だしなみの一部と考える傾向がある」と指摘する。髪形を整えるのと同列に考えられるようになりつつある。
働く世代が身だしなみを整えるためにネイルケアするのに対し、10~20代のZ世代を含む若い層は、爪に色を塗るカラーネイルで「自己表現」の幅を広げている。
メンズネイルの需要を捉え、コロナ禍の21年12月にネイルサロン「KANGOL MEN'S NAIL SALON(カンゴール メンズ ネイル サロン)」が原宿にオープンした。Z世代向けマーケティング・企画を得意とする僕と私と(東京・渋谷)が、美容業の運営やコンサルタント業を手掛けるグランネス(東京・渋谷)と共同で企画し、若い層の需要開拓を進める。
開店当初は差別化するためにメンズ向けにしていたが、性別問わず利用できるジェンダーフリーに切り替えた。利用客は男性の方が多いが、女性の利用もあるという。
女性がメインターゲットのネイルサロンでは、色が明るめのものが多い。しかし、同店では男性客を意識してマット(光沢がない)で暗めの色を豊富に取りそろえる。カラフルでキラキラした「おしゃれネイル」ではなく、「単色でシンプルなデザインを好む男性が多い」(僕と私との今瀧健登社長)という特徴を捉え、ニーズに応えやすいメニューを提供する。
「カラーネイル=LGBTQ+(性的少数者)」と捉える人もいるが、そうとは限らない。Z世代にカラーネイルをする人が増えている背景について今瀧氏は「SNS(交流サイト)が盛んで、グローバル化した社会では、他者と差別化しながら個性を表現しないといけない。その手段の一つとして利用されている」と指摘する。多様性に富んだ社会であるからこそ、自己表現が欠かせないのだ。その点、ネイルは色や形を選べる上に、比較的気軽に変更できる。「自己表現の選択肢として、髪形や服装などにネイルが加わった。Z世代には自然と受け入れられている」と同氏は言う。
なぜZ世代には受け入れられやすいのか。理由は大きく2つある。まず、主に90年代後半以降生まれのZ世代は、性差意識の少ない教育を受けている。現在の「家庭科」に近い教科が創設されたのは1947年。小学校から高校にかけて、当時は男子と女子で履修項目や内容が分かれていた。しかし、89年の改訂で履修領域における性差を撤廃。93年~2002年にかけて中学・高校で改訂が実施された。制度が浸透し、改定後の教育を受けた教師の授業を受けたZ世代は、より性差を意識しない教育を受けていると考えられる。
次に、「憧れの人」がカラーネイルをしていることも大きい。5人組の人気ユーチューバー、コムドットのメンバーや人気お笑いコンビEXIT(イグジット)のりんたろー。氏など、Z世代に人気の人が当たり前にネイルをしている。1990~2000年代に俳優の木村拓哉氏をまねして「ロン毛」や「腰パン」にしたように、「Z世代も憧れの人がしていることを取り入れている」と今瀧氏は言う。
ではカラーネイルはいっときのブームで終わるのかというと、今瀧氏は否定的だ。「女性ネイルが定着するなら、男性ネイルも定着するだろう」。また、市販の除光液などで落とせるようなネイルでない限り、ネイルを落とす(オフする)ためにサロンに行く必要がある。メニューでオフとカラーがセットになっている場合も多いため、リピートされやすい構造になっていることも大きい。「新しい自己表現の選択肢を発見すると、後戻りすることはない」と同氏は指摘する。
とはいえ、カラーネイルはまだ一般的とは言えない。ネイルをしたことがある男性は約5%だが、カラーをしたことがある人は22年上期で1%ほどに限られる。特に都心と郊外では、メンズ向けの店舗数に差があるということもあり、普及度合いに差が出やすい。また、ビジネスマナーの観点から、性別問わずネイルが禁止されている職業もある。リモートと出社のハイブリッド体制に移行している企業も多い中、社会人のカラーネイルが浸透するのはまだ時間がかかるだろう。
現在10代のZ世代が自分でお金を稼ぐようになり、社会人のカラーネイル人口が増えると市場も変わることが予想される。「ブラック校則が見直されているように、企業は『なぜネイルがだめなのか』を説明できなければならない。ビジネスマナーは変わっていくと思う」と今瀧氏は言う。
男性の身だしなみや自己表現が変化している。形を整えたり、つやを出したりするネイルケアのみならず、カラーネイルをしている社会人が次の10年、20年で当たり前になる可能性がある。さらに、ネイルの次は、女性ではすでに浸透している「カラーコンタクト」を着用する男性が増えるかもしれない。時代と共に進化する「身だしなみ」に、企業もビジネスマナーのアップデートが欠かせない。
(日経ビジネス 藤原明穂)
[日経ビジネス電子版 2022年9月8日の記事を再構成]
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