まるでジブリアニメの自然風景と、新海誠の清新な青春映画を実写で合成したようだ。
【画像】低予算でも高クオリティに納得…茨城の大自然が「映える」ロケ地
「茨城県が公費で制作したWEBドラマの出来がネットで話題になり、すでにYouTubeで10万回再生を突破している」と聞いて『県北高校フシギ部の事件ノート』を視聴した時、その舞台となる県北の美しい森の映像を見ながらそう思った。
9月にアップロードされてまだ2ヶ月近くの動画だが、ツイッターなどSNSには多くの感想が書き込まれ、動画のコメント欄には早くも続編を望む声が溢れている。
『県北高校フシギ部の事件ノート』のストーリーはシンプルだ。茨城県の高校で地域の民話、神秘を探検する「フシギ部」の女子高校生2人が、山奥の滝で奇妙な男子同級生と出会い、茨城に眠る伝承を掘り起こす3人組の物語が始まっていく。
茨城県が公費を投じて制作する、いわば「地域おこし」のドラマである。正直言って視聴前、あまりクオリティの高いものは想像していなかった。地方自治体の制作であれば大きな予算を割くことはできず、チープな映像のものになりがちだからだ。
だがその予想を裏切り、まず観客の目を奪うのはその圧倒的な美しい映像だ。制服姿の男女3人の高校生が深く踏み入る茨城県北の深い森では、東京ではまず見ることのできない天を衝くビルのような大樹が少年少女を迎える。
海外ロケでもなければ屋久島でもない、こんな深く豊かな森が都心から車で2時間の茨城県に存在するのか、と息を飲んだ。こればかりは実際に動画を見てもらうしかないが、木々だけでなく森や川、風景のひとつひとつが濃密で清新な生命力に満ちている。
劇場映画にも遜色ない美しい映像の一方で、ドラマの編集や演出はきわめて現代的でスタイリッシュだ。YouTubeやTikTokのスピード感に合わせ、1話数分で完結する短編が数珠繋ぎにリンクする。
カットのつなぎは無駄が削ぎ落とされ、移り気なWEB視聴者に1秒も「たるい」と感じさせない構成になっている。だが無駄なく物語のカットが繋がれるからこそ、カットの中の森林の映像ではゆるやかに時間が流れ、高校生の少年少女の物語が繊細に展開する。
興味を持って調べたが、約15万回再生という人気を博しながら、地域おこしWEBドラマである『県北高校フシギ部の事件ノート』には映画のようなパンフレットもなく、スタッフやキャストのコメントも少ない。
かろうじて日立市のホームページの中に公式ページらしきものが見つかり、そこには「監督・脚本 石井永二 企画・原案 東野みゆき 制作 テレビマンユニオン」と表記されていた。この作品の制作背景に強く惹かれた筆者は、オンラインで石井監督と東野氏に取材を申し込んだところ、驚くような制作裏話を聞くことができた。
「実は撮影体制としてはものすごく小規模だったんです」と明かす石井永二監督は、NHKで話題を呼んだドラマ『古見さんは、コミュ症です。』やコロナ禍で甲子園が中止になった高校球児たちのドキュメンタリー『甲子園のない夏』など多くの作品を手がけてきた映像作家だ。
「通常だと技術チームは、撮影部(カメラマン、DIT、助手数名)、照明部・録音部(技師、助手数名)という体制ですが、『低予算である』『6市町の様々なロケ地を回る』ことを考え、ドキュメンタリー撮影と同じENGスタイルにしたんです。今回は屋外撮影が多いので照明部は入れず、屋内シーンは撮影部の照明機材で対応しました」
つまり、映画撮影のように照明スタッフがライトを当て、録音技師がマイクを伸ばし、カメラマンが三脚に固定したカメラを回すスタイルではなく、ドキュメンタリー作家がカメラを肩に担いで撮影するような少人数体制の映像だったということだ。撮影を担当したのはドキュメンタリーで活躍する伊藤加菜子氏だったという。
「機材も特別なものは使っていません。メインカメラはSONYのFX6、レンズも単玉ではなくズームレンズ、登場人物の女子高生、宮本ナミが撮影するカメラに至ってはスタッフが10年前に購入した古いものです」
SONYのFX6は映画的映像が撮影できるプロ仕様のものではあるが、石井監督の言う通り業界標準としては特別に高価な機材ではない。石井監督によれば色調整などもそれほど手をかけたわけではなく、撮影と編集の段階で微調整した程度とのことだ。
映画の常識として、制作費はたちまち映像のクオリティに跳ね返る。ハリウッド映画と日本映画を見比べて「同じようなストーリーなのになぜ映像が安っぽいのだろう」とがっかりした経験のある観客は多いだろう。都会の中で撮影すれば、セットにかける金はハッキリと映像に出てしまう。
だが、通常ならテレビドラマにすら及ばない予算と機材で撮影されたはずの『県北高校フシギ部の事件ノート』の映像は魔法がかかったようにリッチに、美しく輝いて見える。それは撮影のセンスに加えて、茨城の森林風景が持つ圧倒的な情報量を背景にしているからだ。
キャンプなどで山奥の森林に足を踏み入れた時、自然の森が持っている濃密な「気配」を感じたことのある人は多いだろう。
『となりのトトロ』の舞台となったのは所沢の森だが、優れたアニメーターである宮崎駿はその「気配」を絵に描き写すことで世界的なアニメを作り上げた。『県北高校フシギ部の事件ノート』は、アニメで描くには天才的才能が、CGで構築するには巨大なメモリと費用が必要な「自然」というビッグデータを、撮影スタッフの手持ちカメラで鮮やかにドラマに組み込むことに成功している。
ダークグリーンの森林と、高校生たちの顔の若々しい血色は、まるで入念に色彩設計をしたように映像の中で鮮やかなコントラストを描く。自然の永遠と、青春の瞬間が画面の中で交差する物語は、まるで大林宣彦の尾道三部作の茨城版を見ているようだ。
実はこの「茨城の風景情報をバックデータに活用する」という手法は、『県北高校フシギ部の事件ノート』以前からある。よく知られることだが、アニメ『ガールズ&パンツァー』は舞台を茨城県大洗町に設定し、その風景をアニメ映像に取り込むことでファンたちの「聖地巡礼」を呼び込んだ。美しい映像で知られる乃木坂46のMV『ガールズルール』『太陽ノック』『路面電車の街』なども茨城県で撮影されたものだ。
渋谷のスクランブル交差点が撮影のメッカであるのと同じように、茨城県は濃密で強い情報を持つ「映像資源」の宝庫なのだ。
『県北高校フシギ部の事件ノート』は作品自体の出来のよさに加えて、自治体資本→WEB公開という制作の形態が持つ可能性を感じさせる。県が持つ映像資源を都会に売り出すだけではなく、茨城県自身が「映像資源の生産者」になりうることを示した作品でもあるのだ。
韓国語ドラマ『イカゲーム』が配信サービスNetflixで世界的ヒットを記録したことが報じられているが、Netflixドラマは制作費を負担する代わりに著作権や版権をNetflixが所有するシステムだ。この『県北高校フシギ部の事件ノート』もNetflixと同じように、茨城県自身が公費で制作し、県がコンテンツホルダーになっている。
NetflixとちがいYouTubeで無料で見られる上に、広告も入れていないので、作品が多く再生されたからといって利益が上がるわけではない。だが、県自身がコンテンツを作り所有することの意味は大きい。作品のみならず、クリエイターやアクターは、将来的に大きく「化ける」可能性を秘めているからだ。
石井監督へのオンラインインタビューによれば、折口ミコト役の凛美、宮本ナミ役の其原有沙、柳田役の新原泰佑の3人は50人規模のオーディションの中から選ばれたキャストだという。自然体だが演技力は確かで、将来が楽しみな俳優たちだ。
今後彼ら若手俳優、あるいは映像作家としての石井永二監督が大きく飛躍するほど、『県北高校フシギ部の事件ノート』というコンテンツはそれを所有する茨城県の手の中で輝くことになる。
「撮影はコロナ禍と梅雨と台風の中、スタッフにも抗原検査を行いながら進めました」
作品のもう1人のキーパーソンである企画・原案の東野みゆき氏は、オンライン取材に対してそう明かしてくれた。
「自分自身も茨城出身で、大林宣彦監督の尾道三部作や、新海誠監督の作品のように末長く聖地巡礼を生み出すような作品を自分の生まれ故郷で作ってみたかった。茨城を舞台にした『ガールズ&パンツァー』が成功していましたし、自分の好きな『映像研には手を出すな!』や『リンダリンダリンダ』などのコンテンツをオマージュしつつ、茨城を舞台にユニークなものを作れないかと考えていました」
コロナ禍の中、劇場公開のリスクが読めない映画制作は中小規模の冒険が通りにくく、「安全に当てにいく」方向に流れつつあると言われる。そんな中、県自身が公費で制作し、オンラインで公開するコンテンツはコロナ禍で埋もれかねない若い才能を掬い上げる新しいメディアになりうる。それはすぐに利益の上がるシステムではないが、営利企業ではない県が運営するチャンネルだからこそ、県のPRと若いクリエイターの育成を両立させ、多様な才能を生み出す可能性があると思えるのだ。
公費である以上、大きな予算を割くことはできないかもしれないが、『県北高校フシギ部の事件ノート』は低予算で大きな評価を獲得する、レバレッジ(梃子)のように「小さく作って大きく育てる」コンテンツとして成功していると思える。
民間の調査会社による都道府県の「魅力度ランキング」では、茨城県が7年連続最下位のあと、一度42位に浮上してまた最下位に戻ったと報じられた。茨城県の大洗やMV撮影地を聖地として巡礼する『ガールズ&パンツァー』や乃木坂46のファンならずとも、いささか納得しかねるランキングではある。だが、この茨城県に対する評価は遠くない将来、コンテンツを起点として逆転するのではないかと思っている。
現時点で『県北高校フシギ部の事件ノート』には日本語字幕しかついていないが、YouTubeの機能では後から英語を始めとして各国語の字幕を追加することができる。茨城の深い森と日本の民話の普遍的な魅力をYouTubeというインフラに乗せることができれば、どこかの県が上がればどこかの県が最下位とはやしたてられる不毛な国内ランキングとは別に、茨城県の魅力を世界に伝え、世界から茨城県に人を呼ぶことも可能になるのだ。
県がコンテンツ制作を通じて若い才能にチャンスを与え、その若い才能たちの「聖地」として茨城が認知される、幸福なスパイラルはもう回り始めているように思える。
エヴァーグリーンという言葉は、常緑樹という本来の語義から転じて、いつまでも色褪せない不朽の名曲を意味する英語だ。茨城の森の奥深くで撮影された『県北高校フシギ部の事件ノート』は、流行が移り変わる街の風景が映らない分、10年後20年後に見ても瑞々しい物語として生き続けるかもしれない。
折口、宮本、柳田という3人の高校生の苗字は、言うまでもなく日本を代表する民俗学者から取られている。茨城県にある柳田國男記念公苑は、『遠野物語』を残した柳田國男がこの地で少年期を送った経験が民俗学者へのきっかけになったことを記念した施設だ。企画・原案の東野氏は、そうした民話と故郷へのオマージュとしてこの作品を企画したのだろう。
背景で若い俳優たちを包むように輝く深く濃密な森の映像を見ながら、『遠野物語』の昔から永遠の緑に輝く茨城の土地は、再び物語コンテンツの聖地になるのではないかという予感がしている。
(CDB)
11/20 17:10
文春オンライン
元記事を読む
山口めろん「メロンを脱いだら」
Smart FLASH
磯山さやか、アラフォーでの独立も今後の仕事はバラ色!?
asageiMUSE
「イカゲーム」に続く…今後注目のNetflix韓国ドラマ4選 コン・ユ最新作も
モデルプレス
TREASURE、YGエンタ新社屋を案内 smash.でメンバー専用部屋も公開
ORICON NEWS
ジャンル
auサービス
各種設定・その他